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昨日の夜から読者数が急激に上昇した。
何事かと思ってみて調べてみたら、おすすめブログの新着に載っていた。
モチベーションアップにもなるし、素直に嬉しい。
読者のみなさん、ありがとうございます。
今日は必修科目である心理学の中間テストがあった。
といっても、持ち込み可能で難易度も優しいものだったため、特に負担はなかった。
薬学部に入ってからよく聞くことだが、今では薬剤師という資格を持っているだけで将来性が確立されるわけではないらしい。
薬剤師の求人も減っているし、安定性はあるかもしれないが、稼げる仕事いえるわけではない。
資格を取るだけではなく、さらに深い知識、他の能力も求められていると言っていた。
自動化が進んで、生活様式も変わって、さらに不景気である。
きっと薬学部以外の就職でも似たような状況だろう。
将来なにがしたいかはっきり分かっていない。
これからの大学生活で探していこう。
切り取った美
昨日言っていたカサブランカが咲いていた。
淡いピンク色で綺麗に咲いている。
ユリ特有の甘くて品のある香りも広がって、心に安らぎを与えてくれる。
茎のところで切られているから、あまり長くは持たないだろう。
私は綺麗な花瓶に飾られた綺麗な花が好きである。
虫や泥に汚される心配もない。
でも、切り取られら花よりも、土から生えたままの、手の加えられてない自然に近い花の方がきっと長持ちする。
人間も花瓶の花と同じなのかなとふと思った。
化粧をして、加工をして、綺麗なところだけを切り取って、自分を飾ってsnsに投稿している。
そして私の綺麗、美しいの定義はその人達が基準になっている。
今日も朝起きて、鏡を見て、自分の体型に不満を感じる。体重計に乗ってため息をつく。
いつから私はこんなにも自分の容姿に執着するようになったのだろう。
幼い頃から貰い続けている親戚の挨拶と何ら変わりのない、形容詞の意味を理解した時からだろうか。
周りに合わせてsnsのアプリを入れて、アカウントを作った時だろうか。
人が綺麗になりたいと思う理由は様々だし、その優先度も様々である。
好きな人がいるわけでもないし、誰かに容姿を貶されたわけでもない。
他の人と比べたところで無意味なのに、いつも比べては優越感、劣等感を感じる。
街を歩いている時にふとガラスに写る自分の姿に一喜一憂する。
目的が、目標が何か、着飾ったところで何がしたいのか、自分でもよく分かっていない。
標準体型よりは軽いし、別に太っているわけではない。
でもどうしても綺麗に切り取られた彼女達と比較してしまう。
直接会ったことはないから、本来の姿を知らない。
もしかしたら、写真通り美しく、スタイルも良く、輝いた生活を送っているかもしれない。
逆に、全く写真とは違う見た目で、sns全てなのかも知れない。
私には彼女達の見せたい部分しか見えないから、それが彼女達の全てだと思ってしまう。
美しいものほど一過性で儚いものなのかも知れない。
時代によって美とされるものは違うし、見る人によっても違う、正解が無いから多くの人が悩むのだと思う。
価値観が変わればその美しさは消えてしまうし、時間が経つにつれて劣化してしまう。
自分の持っている美しさに気づいて、自信を持てたら、幸せになれるのだろうか。
カサブランカ
今日はあまりやる気のでない日だった。
授業は2コマしかなく、朝も遅かった。
そこまで気分が落ちこんでいるわけではないし、イライラしているわけでもない。
ただただ、なぜか無気力であったように思う。たぶん朝起きた時からそんな感じだった。
蒸し暑く、どんよりとした天気のせいだろうか。
私は雨もそんなに嫌いではないはずだが。まあ調子の出ない日もあるだろう。
今日は早く帰ってきたから、お母さんに代わって夜ご飯を作った。
といっても、私が作ったのは茄子の田楽と青梗菜の簡単な炒め物くらいだが。
今日はそれと、昨日残った料理を食べた。
今週の木曜日まではお父さんが出張で不在だから、ボリュームのあるものは出ないだろう。
近くの駅に綺麗なタルト屋さんがオープンしていたから、帰ってきたら、父の日とお父さんの誕生日を兼ねて買って帰ろう。
おばあちゃんが花をくれた。
といっても、何かの記念でもないし、そもそも誰かに宛ててくれたものではない。
雨の中歩いて家に帰ると玄関に立派な花が新聞紙にくるんで置いてあった。
つぼみがとても大きくて、しっかりとしていた。
電車で薄暗い内容の小説を読んでいた影響もあるだろう。
あまりにも立派で高そうに見えるし、雨とも相まって、一瞬献花のように見え、怯んだが杞憂だった。
話を戻そう、おばあちゃんの趣味はガーデニングでいつ訪れても家には様々な種類の花が美しく咲き誇っている。
今日玄関に置いてあった花はその一部をおすそ分けしてくれただけのようだ。
私には何の花か分からなかったが、お母さんがカサブランカだと教えてくれた。
調べてみると立派なユリが出てきて、つぼみが開くのが楽しみになった。
最近は気温も高いしきっとすぐに咲くことだろう。
組み合わせ
楽しそうなお題があったので書くことにした。
私が好きだった給食メニューは、ダントツで納豆和えである。
私の小学校では月に一回ほど肉じゃが、納豆和え、白ご飯、酢の物、海苔がセットとなって出てくる日があった。
わたしは献立表が配られると、このメニューが出てくる日を探し、その日を心待ちにしていた記憶がある。かわいいものだ。
私の住んでいる地域の定番メニューらしく、お母さんも食べていたようだ。
私の記憶違いでなければ、テレビにも取り上げられていたと思う。
納豆というと、好き嫌いが分かれやすく、匂いもきついし、給食に向いていないと思う人も多いだろう。
しかし、この給食メニューは私だけが好きなわけではなく、好きな人が多数派だったと思う。
サイコロ状のチーズと和えられた納豆をご飯と一緒に海苔で巻いて食べる。
納豆の独特な風味に飽きてきたら、酢の物でさっぱりと口直しをする。
納豆のネバネバは肉じゃがの塩分で打ち消すことが出来るし、意図してかはわからないが、よく考えられた組み合わせである。
給食を食べることが無くなった今でも、家で肉じゃがが出た日には無性に納豆が食べたくなってしまう。
私の地元の愛され続け得ている給食メニューであろう。
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混乱
金曜日、土曜日と日記を書くことをさぼってしまった。
ブログを書くことは行動習慣にあたり、身につくには1か月かかるらしい。
今日からまた気を取り直して、取り組んで行きたいところだが。
金曜日は大学の友達と、授業後にカフェに行った。
一人の子が少しテンションが低かった気がする。嫌なことでもあったのだろうか。
結局その子はそろそろ帰らなくちゃいけないと言って、早めに帰ってしまった。
土曜日は特に記憶に残っていることがない。
やったことといえば、けしごむハンコを少し作って、夜ご飯に家族と中華料理を食べたことぐらいだろうか。
今日はやっぱり食べ過ぎてしまった。お腹がはちきれそうで苦しい。
土日になると食べたくもないのに、何かを食べないと落ち着かない。
少し過食症の傾向があるのだろうか、何か対策はないだろうか。
お母さんに少しそのようなことを言ってみたが、何も言わずにお風呂に行ってしまった。
お風呂後に食べ物を食べたくなることはないし、自分の部屋にいる間は何かを食べることはないのだが、リビングにいると何かを食べずにはいられなくなってしまう。
最近は大学も始まって、家族と話す時間が少なくなったため、土日の間は少しでも一緒にいようとリビングにいることが多い。
自分の部屋に行けばもう少しは食べる量を抑えることが出来ると思うが、いつもそうしないで終わってしまう。
今日はそれほど気分が落ち込んでいるわけではないからまだましな方である。
努力し続けることに少し疲れてしまった。
いいリフレッシュ法はないだろうか。